適者生存

今日は生物学方面に行きましょう。

恐竜は、その当時、適者であったはずだ。でも、あるときから生存できなくなってしまった。今では、巨大隕石が地球に落下したことによるというのが定説になりつつある。

ハーバート・スペンサーが提唱したこの適者生存というのは、その者が置かれている環境が安定していてこそ成り立つものなのだろう。

それでは、恐竜絶滅後に繁栄し始めた哺乳類は、これは、適者生存ということになるのだろうか。

彼らは子宮を持っていた。体が小さかった。雑食性だった。体温調節や新陳代謝の制御が高性能だった。などなど、巨大隕石落下後の状況を土台としてみれば、それは確かに適者生存、そして、適者であったはずの恐竜たちは、下剋上さながら、一気に絶滅確定種に転落。(恐竜の家族連れが居たと思うと・・・、ちょっと悲しい。現代でも戦争が起きるとこれと同じことが起きる。)

ここで、「これは適者生存と言うだけでは納得感が得られないと思う」などといったら、たぶん、「またぁ・・・、そんなこと言って・・・」と、酔っ払いの愚痴ををあしらうが如くの待遇を受けることだろう。

しかしそれでも、今日は、もうちょっとこれについて書いてみる。

哺乳類は、恐竜の足元で細々と暮らしてはいたものの、実は、生命体が持つ幾つかの問題を恐竜に先んじて克服していた、ということになるのではないだろうか。

卵を産んだなら、それをその場で守らなければならないが、子宮があるなら、自ら活動しつつ、例えば食物を探して移動しながらも、子供(卵)を守ることもできるわけであり、また、多少気温が下がっても、優秀な体温調節機能があるし、実際の所、巨大隕石が落下する前から、すでに恐竜は、哺乳類に完敗していたということが言える。

確かに、適者生存ということも重要な要素ではあるが、適応しすぎるのも問題であるということなのだろうか。哺乳類のこの勝利をなにか言葉で表すとしたら、克服というか、まあ、脱却、あるいは束縛からの解放、”自由力”の獲得、などなど、なんかそんな感じになるのではないかと思う。

もともと海水中にしかいなかった生命体が陸上へ上がっていった時も、海から与えられていた、あるいは海のシステムに大きく依存していたところを、海の機能をそのまま体内に取り込むあるいは獲得することで陸に上がれたのであって、それまで海に縛られていたその鎖を断ち切り、かつ、海に頼らなくても自立できるような、自由を獲得したという言い方をしてもいいのではないだろうか。

この自由を獲得した種というのは、場合によっては、それまでの世界・環境では負け組であったりすることも見逃せない。昔、ある人の本にこんな言葉が書いてあった。
”勝者はけして進化しない”。

結局のところ、勝ったつもりでも本当は勝ってなかったとか・・・。

誰が言ったか、”変化に適応したものが生き延びた”、という言い方があるようだが、まあ、これが、この議論に近いと言えば近いような気もするが、やはり、一旦適応してしまったら、その適応したことによる束縛が生まれるような気がする。やっぱり、”自由の獲得”あるいはそれに類する言い方・論理のほうがいいと思う。

・・・すんません、専門家の方、これは遊びです。

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投稿者: taka8taka8

I am a middle aged man who cannot stop creating something in my imagination.

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