私が小学生の時だ、ブラウン運動を科学辞典で知ったのは。ロバート・ブラウン氏は1773年に生まれた植物学者で、この現象を発見した。彼は顕微鏡で水面に浮かぶ花粉を観察していて、花粉が不思議な動きをすることに気が付き、調べた結果、それが生命によるものではないと結論づけた。
Thorvald N. Thiele, Louis Bachelier, Albert Einstein and Marian Smoluchowski、などの多くの科学者が、これを理論化し数理モデル化しようとしてきました。
なにかこう、ランダムなものに対して、理論や数理モデルなどなりたつのだろうか?
どうも・・・・そうです、成り立つようなのです。
我々の先生(私が勝手にそう呼んでる)アインシュタイン先生は、確率分布関数を使って理論化しました。子供のころは、確率となると、なんだかあいまいな気がしましたが、大人になって技術屋として暮らすうちに、その合理性にある程度納得できるようになりました。
驚いたことに、アインシュタイン先生のブラウン運動の理論では、原子のサイズや原子の数や分子の質量などなどを特定したということです。アインシュタイン先生はかつて「神はサイコロを振らない」といいました。それならブラウン運動はどうなのでしょうか。
たとえ確率を使ってはいても、このような原子のサイズを計算することなどが正しく機能するのであれば、「サイコロ」のようなものは考えなくてよいでしょう。下図は、ウィキペディアのブラウン運動についての話からの引用でアインシュタイン先生の理論に出てくる微分方程式の一部です。
かの有名な量子力学についての議論はコペンハーゲン側に軍配があがりました。そして「確率」という発想は一時的に受け入れられました。一方で、多くの学者たちは完全に納得しているわけではなく、さらにもっと洗練された考えが存在することは排除できないとしています。
この上述の方程式では、記号Φが確率分布関数として表れていて、この確率を表す関数Φはまた、量子力学の議論の争点でもありました。シュレーディンガーの波動方程式にこのΦが出てきて、電子の波動関数となっています。そしてそれは電子の存在位置を明確に特定するのではなく、観測可能なものを表現しています。この点において、確率を導入することには一定の合理性が見出せます。
ちょっと話題を戻しましょう。ブラウン運動でしたね。この現象では花粉に原子が間欠的に衝突しています。原子がぶつかっては花粉が弾かれ、ということのたくさんのパターンです。子供の時、これを科学辞典で読んで、空気の流れではないのかぁ?と思ったりもしました。そして同時に、ブラウン氏はどうしてこれが、何か意味のあるものだと気が付いたのか、ふつう、だれも気にも留めないとおもうけどなー、と思いました。
実際、ブラウン運動のことは忘れていましたが、最近、このブログのためにフラクタルについて調べていた時に思い出しました。https://rinotaka84.com/2022/06/17/%e3%83%95%e3%83%a9%e3%82%af%e3%82%bf%e3%83%ab%e5%b9%be%e4%bd%95%e5%ad%a6%e3%80%81%e3%81%84%e3%81%9f%e3%82%8b%e3%81%a8%e3%81%93%e3%82%8d%e3%81%ab%e3%80%81%e3%81%9d%e3%81%93%e3%82%89%e3%81%98%e3%82%85/
今や、それが、合理的な問題解決であることを知り、そしてブラウン氏のすばらしい科学者のセンスをみて、ブラウン先生とお呼びさせていただこうと勝手に思っています。
そうです、やっぱり、科学はおもろいやん。
ブラウン運動の理論を経済に応用しようとする人がいるみたいですが、なんかこう大儲けしたいのでしょうか。物理学では、無論、他の基本的な法則、例えば保存則などを前提にしてブラウン運動の理論が適用されています。経済にも保存則のような基本が適用されているのでしょうか。ある特定の個人が大変な額のお金を得た場合、別の人は、生活費さえ得られなくなる。まさに保存則ですね。もしブラウン運動を経済に応用するなら経済のシステムはこの保存則を備えている必要があるでしょう。私は別に共産主義者ではありません、それよりも、資本主義を人類発展の原動力として支持しています。しかし同時に、富の適切な集約や配分、平等性も重要視しています。
ランダムがゆえに、ブラウン運動が経済の仕組みの一部であるなら、極端な富の不平等では成立しない、と私は想像します。ブラウン運動は、それゆえ、人間がいかに行動すべきかを教えています。なんというか、”自由”、みたいな。なんかまた酔ってきたなぁ、なんか書いてることがブラウン運動になってきたような・・・。

