そうだと思います。なぜなら、利己的な傾向があると言われる DNA は、画一的なものを選ばなかったから・・・・。
もちろん、シアノバクテリアはかつて、かなり画一的な世界を築き上げました。(あくまで私の理解ですが)しかし、現在、地球上には数百、数千、数十億の種が存在する、多様な状態です。
DNA は多様性を選択しました。そして、公平性と包括性は、生命体というシステムそのものに組み込まれています。彼らは皆、食物連鎖のように、何らかの形で自分たちの命を共有することができます。

エントロピーは別の要素です。エントロピーのおかげで、すべてが永遠に静止することはなく、均一性は継続的に多様性へと伝播します。
おっと!それは逆のように聞こえますか?エントロピーは物事を均一にしますよね?
わかりました!しかし、均一とは一体何なのか考えてみましょう。均一とは完全な秩序を意味します。まったく静的な状態であり、始まりにすぎません。必ずしも「何もない」という意味ではありません。
意識、心、精神など、何であれ存在する限り、おそらく、そう、おそらく、多様性とエントロピーの戦いは続くかもしれませんよね?(ああ、そんなばかげたことを言わないで!)

とにかく、その概念を放棄しようとしているもの、ある人間、組織、何であれ、それは恐竜の大量絶滅の現代版となるでしょう。
その周辺では別の種である哺乳類が生き残り、DNAも残りました。
当時の哺乳類は多数派ではなかった。多数派の立場をとることは必ずしも繁栄したり優れていることを意味するわけではない。
あーーーーー、今年2025年のブログ第1号は、いつもの私らしく大げさな言い方で始まってしまいましたが。笑
まあ、こんな話、もっと正確に詳しく研究している人たちが、世界中に沢山いますし、そうした人たちの本もたくさん出ています。
とりあえず。遅い挨拶ですが、あけましておめでとうございます。

明けの明星