クジラの形態変化を化石から追いかけるのは比較的明確でわかりやすい。時間軸にそって化石を年代別にならべればよいだけだ。それはもうクジラの何万年・何億年という時間幅の形態変化をごく数秒に縮めてアニメ化したような感じになる。
4つ足の陸上動物から始まって、化石の形態が連続的に変化していく様子を見る事ができる。足が短くなり、指どうしがつながって一体となり、後ろ足もイルカの後部のようになっていく様子が現れる。明確でわかりやすいのは、ある年代の化石と、そのとなりの世代の化石との幾何学的な関連性だ。明らかにそこから、クジラが陸上生物から進化したことがみてとれる。
一方、人類の場合は進化による形態変化を追いかけるのはそう明確にはできないようである。今もなお、学者は幾何学的に少しずつ変化していく様子がうかがえる化石を探している。ネアンデルタール人と人類との何万年というスパンで間に置くことができる化石は発見されていない。
従って、ネアンデルタール人から人類への生物学的形態変化は、ほぼ一瞬にして起こった。おーーーーー、何と偉大なる理論じゃ・・・・
まって!なんてこった!頭おかしいでしょ。あんた!そんなことあるわけないでしょうが!それって、ハリウッド映画の新作?”セオリーインポッシブル”とか?
私が20年ぐらい前、オーストラリアの発電所建設プロジェクトで仕事をしていたときに、同僚のオーストラリア人が、こんなことを言っていました。
「俺は、大真面目に、人類は宇宙から来たと思ってる。」
「え?どういうこと?」私は聞きました。
「サルから人類が進化したという決定的な証拠はない。俺が思うに、その昔、有史以前に、幾つかの宇宙種族が地球のいくつかの場所にそれぞれ降りてきて、そこに住むようになった、だから地球にはたくさんの人種がいるんだ!」
彼は、自信満々に肯定した。
注)この記事では、アルコールの影響は無視しています。それは、摩擦を考えないことにする、初頭物理学と同じです。
彼の超越的な理論に刺激されて、わたしも別の酒気帯的誇大幻想を描きました。(心の内なる声は、「やめとけよな!」と言ってましたが・・・)
その時、あるひとつの宇宙人種が美しい地球を見つけました。そして、この惑星に住みたいと思うようになりました。それまでは、彼らは、宇宙居住施設の中に閉じこもって暮らしていたのです。そこには、地球にあるような美しいものは何もありませんでした。無論、彼らの究極までに発達した科学技術によって一部の隙も無い完璧な宇宙居住区ではあったのですが。
しかしながら、彼らは、彼らが地球に降りることが出来ないという事実を知った時、悲しく思いました。彼らのDNAは地球には適合できないのです。地球に適合できるのは、地球の長い歴史を、DNAという機能を動作させながら経験してきたDNAだけなのです。それはまるで、自分の母国語を、翻訳家や、それら二つの言語を関連付ける知識さえもない別の国で話そうとするようなものです。
とにかく、彼らの科学技術は非常に発達していたので、彼らはおどろくべき答にたどりつきました。「我々のDNAとネアンデルタール人のDNAから、新しいDNAを合成すればいい」彼らは、地球のDNAのたいへん長い時間をかけた発達に大変な敬意をはらっており、それは、他のものに代替できないことを認識していて、それゆえ、彼らが地球のDNAと同じ力を得るには、DNAを共有することが唯一の方法でした。
その新たに合成されたDNAはネアンデルタール人の生殖システムに組み込まれ、我々の先祖となる新しい人類が生まれました。
これこそが、クジラの場合とは違い、人類の進化による形態変化を時系列で追いかけられない理由なのです。
あちゃー、またやっちゃった。
でも、人種差別や戦争なんかは、私の幻想よりも劣っているよね?



